イタリアの小さな村と香川県はなぜ似ていると感じるのか?

テリトーリオ 暮らしのこと

うどん文化・スローフード・テリトーリオから考える地域の仕事

BS日テレで放送している、イタリアの地方にある小さな村を紹介する番組が好きでよく見ていたのですが、食や景色の美しさ以上に、どこか見覚えのある感覚を覚えました。
それは、「香川県に少し似ているのではないか」という感覚でした。

各村に点在する職人さんたち。派手な産業ではありませんが、地域の暮らしを静かに支えている仕事の姿がありました。
それを見て思い浮かんだのが、香川県のうどん文化です。

香川県には、コンビニの数より多いとも言われる個人経営のうどん屋さんがあります。
そこにはチェーン店ではなく、顔の見える店主さんやうどん職人さんがいて、それぞれのやり方で店を続けています。

遠く離れたイタリアの村と香川。
本当に似ている点があるのだとしたら、そこから地域の仕事のあり方について学べることがあるのではないか、そんな気がしています。

イタリアの小さな村で見た「仕事が残る風景」

各村に根づく、顔の見える職人たち

番組に登場したイタリアの村では、特別な産業があるわけではありませんでした。
それでも、パン職人さんやチーズ職人さん、自動車整備士たちが、それぞれの役割を持って暮らしていました。

これらの仕事は、観光向けというよりも、村の人たちの生活を支えるためのもののように見えました。

協同組合という「続けるための仕組み」

印象に残ったのは、仕事を個人だけで完結させていない点です。
小さな仕事を束ね、協同組合という形で支え合っている様子がありました。

競争に勝つためというより、村として無理なく続けていくための仕組みなのかもしれません。

香川県のうどん文化を「仕事の構造」として考えてみる

コンビニより多いうどん屋という不思議さ

香川県のうどん屋さんの多さは、数字だけを見ると少し不思議にも感じられます。
しかも、チェーンもありますが、個人経営のお店もたくさんあります。

大きく広げることよりも、「この場所で続けること」を選んできた結果なのかもしれません。

うどん職人が分散していることの意味

香川県では、うどん職人さんが一部に集中していません。
地域ごとに点在し、それぞれが少しずつ違う味や作り方を持っています。

正解が一つに決められてこなかったことが、結果として文化を支えてきたのではないでしょうか。

うどんはファストフードであり、究極のスローフードでもある?

香川県のうどんは、間違いなくファストフード的な存在です。
安くて早く、日常的に食べられます。

一方で、これを「究極のスローフード」と捉えることもできるのではないかと思うようになりました。

なぜなら、一杯のうどんの背景には、
地域の小麦、水、技術、そして何十年も続いてきた店の時間が積み重なっているからです。

目の前に出てくるのは早くても、そこに至るまでの時間はとても長い。
そう考えると、うどんは速さと遅さの両方を内包した食べ物なのかもしれません。

スローフードとテリトーリオが問いかけた「仕事の速度」

スローフードは「ゆっくり食べよう」という話だけではない?

スローフード運動というと、ゆっくり食べることを勧める活動のように思われがちです。
しかし実際には、効率化によって地域の仕事が失われていくことへの疑問が出発点だったようです。

食の問題というより、仕事や暮らしの問題だったのではないでしょうか。

テリトーリオという考え方

テリトーリオとは、土地や気候、文化、人の関係性を含めた領域のことを指します
食や仕事を、切り離されたものとしてではなく、一つの文脈の中で捉える考え方です。

香川のうどんも、イタリアの村の料理も、このテリトーリオの中で生まれ、続いてきたものと考えることができそうです。

仕事の速度は、土地の速度なのかもしれない

速いことが良くて、遅いことが悪いわけではありません。
その土地に合った速度があるのではないか、そう感じます。

無理のないテンポで続けられてきた仕事が、結果として文化になったのかもしれません。

食文化は「商品」ではなく「仕事の集まり」なのでは?

うどんもスローフードも、最初から理念やブランドがあったわけではなさそうです。
ただ、日々の生活の中で続けられてきただけなのではないでしょうか。

続けられた仕事が残り、後から「文化」と呼ばれるようになった。
そんな順番だったように思えます。

小さな仕事が分散している地域の強さ

一つの産業に集約しない地域は、変化に対して柔軟なのかもしれません。
どれかがうまくいかなくても、すべてが一度に崩れることはありません。

効率だけでは測れない価値が、地域には残っているように感じます。

これから学び続けたいこと

イタリアと香川を比べてみることで、私たち自身の立ち位置も少しずつ見えてきます。
似ている点もあれば、まったく違う点もあります。

農業もまた、テリトーリオの一部として考えられるのではないでしょうか。
土地に合った規模、土地に合った速度で、暮らしから切り離さない仕事を続けていく。

答えを急がず、学び続けながら考えていきたい。
そんな姿勢でこの土地と向き合っていきたいと思っています。

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