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田舎から米や野菜が送られてくるという「贅沢」は、誰が次につなぐのか

自然・農園のこと
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――香川県の新規就農者減少から考える、農と暮らしのこれから

黙って作り、黙って送り続ける。 米を作ってくれる祖父がいる。
それだけで、私はこの世界に居ていいのだと、 存在を肯定されていたのかもしれません。

子どものころ、米を「買うもの」だと思ったことはありませんでした。
祖父母が農家で、田舎に行けば米も野菜も当たり前のようにそこにあったからです。

けれど今、
「田舎から米や野菜が送られてくる」という体験は、
静かに、しかし確実に失われつつあります。

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昔は「買わない米」が確かに存在していた

私の親はサラリーマンでしたが、祖父母は農家でした。 そのため、幼少期の記憶の中に「米を買う」という感覚はほとんどありません。

畑で採れた野菜、季節ごとの保存食、土地に根ざした郷土料理。 それらは特別なごちそうではなく、ただの「生活」でした。

当時は気づきませんでしたが、今振り返ると、それはとても豊かで、 そして、この先も当たり前であり続けるのは難しい、稀有な環境だったのだと思います。

香川県で進む、新規就農者の減少とその背景

香川県の統計資料を見ると、新規就農者の数は減少傾向にあります。 その理由のひとつとして挙げられていたのが、 「定年延長により、定年後に帰農・就農する人が減ったこと」でした。

この記述を目にしたとき、私は正直、驚きました。 社会や行政のシステムが、そもそも「定年後に農業を始める人」を、 農業の担い手として、一定数期待してきたのだと知ったからです。

「65歳はまだ若い」という前提への違和感

もちろん、「65歳はまだ若い」「元気な高齢者も多い」という考え方自体を否定するつもりはありません。 実際、体力も気力も十分な方はたくさんいます。

けれど、農業はどうでしょうか。 いくら機械化が進んだとはいえ、農業はどこまでも自然相手の仕事です。 天候に左右され、突発的な判断が求められ、日々、土にまみれる体力が求められます。

天気と「うまく付き合う」には、知識だけでは足りません。 何年も、何十年もかけて体に覚え込ませた経験が必要なのです。

農業そのものと、「農的な暮らし」は同じではない

さらに感じたのは、「農業という事業」と「農的な暮らし」は同じではないということです。

作物を育てる技術は学べても、 地域との関係性、季節に合わせた暮らしのしきたり、土地に刻まれた記憶、郷土料理……。 そうしたものまでを、人生の後半戦から完全に受け継ぐのは、決して容易なことではありません。

これは老年での就農を批判したいわけではありません。 ただ、いまの社会構造は、その世代の方々に「あまりに重い役割」を背負わせてはいないだろうか、という疑問が残るのです。

60代と30代、それぞれの役割

60代は30代とは違います。 それは良し悪しの問題ではなく、特性の違いです。

環境への適応力、身体的な柔軟性、そして、失敗しても立ち直れる「時間の余白」。 そうした点では、やはり若い世代が有利な場面も多いでしょう。

本来、農業は「余生で始める仕事」ではなく、 若いうちから関わり、一生をかけて向き合い、食べていける仕事であるべきではないでしょうか。 いろいろな世代が混ざり合い、それぞれの立場で続けていける構造が必要なのだと感じます。

地域の持続に欠かせない、竹林が教えてくれること

地域を持続させるために必要なのは、作物の生産量という数字だけではありません。 その土地に何があり、どんな知恵が積み重なってきたのか。 それを引き受け、次へ渡す「人」がいなければ、地域は途切れてしまいます。

その象徴のひとつが、里山の竹林です。 かつて竹林は、農の周辺にある大切な「資源」でした。 支柱や道具、ときには燃料として、人の手が入ることでその美しさが保たれていました。

しかし、農に関わる人が減り、暮らしの中で竹を使わなくなると、竹林は一気に「放棄地」へと姿を変えます。 手入れされない竹林は、周囲の畑を侵食し、地域全体の景観を損なっていきます。

竹林の荒廃は、単なる環境問題や気候変動の問題ではないような気がしています。
「農的な暮らし」という糸が、プツリと途切れた結果として現れた現象なのではないでしょうか。

祖父から届いた「米」という名の愛

黙って作り、黙って送り続ける。 米を作ってくれる祖父がいた。
もしかしたらそれだけで私は、この世界に居ていいのだと、存在を肯定されていたのかもしれません。

それは「頑張れ」という励ましでも、「期待している」という重圧でもない。 生きるための糧が、毎年変わらず届くという事実そのものでした。

少し時間がかかりましたが、祖父からのその愛――
目には見えないけれど確かな「レガシー」は、今の私に届いています。

次の世代に、その愛を手渡すために

今、田舎から米や野菜が送られてくるという体験は、かつての当たり前から「最高の贅沢」になりつつあります。 だからこそ、その価値を次の世代に伝えていく役割が、私たちにあるのではないか。

失われてから懐かしむのではなく、失われつつある「今」だからこそ、言葉にし、形にして残していく。

農園ほたるは、そんな「農と暮らし」のあり方を、考え、実践し、伝えていきます。

参考リンク

1. 香川県の農業と新規就農の現状

香川県が発表している農業統計や、就農支援の取り組みについて確認できます。

2. 農業労働力の推移(全国・統計)

定年帰農の動向や、世代別の就農者数の推移など、記事で触れた「構造の変化」の裏付けとなるデータです。

3. 里山と竹林の保全について

「農的な暮らし」が途切れることで起きる竹林放置問題や、その活用方法についての情報です。

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